◇院長室◇
▼名前
吉岡広記(写真)
▼生年月日
1978/05/23
▼取得資格
はり師・きゅう師
▼所属
日本鍼灸研究会(關西鍼の會、東京鍼の会)、日本鍼灸史学会(旧日本鍼灸臨床文献学会)、日本医史学会
▼略歴
・2003年4月:母校陸上部コーチになる
・2001年4月:吉岡鍼灸院を開業
・2001年3月:明治鍼灸大学卒業
・2000年4月:はり師・きゅう師免許取得
・1997年4月:明治鍼灸大学入学
・1997年3月:鎌倉学園高等学校卒業
・1994年4月:鎌倉学園高等学校入学
・1991年4月:鎌倉学園中等学校入学
▼ひとこと
ストレスによる花粉症、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、喘息、不眠、偏頭痛、更年期障害、うつ状態、うつ病、生理痛、生理不順、冷え症、むくみ、ヘルニア、坐骨神経痛、腰痛、肩こり、ニキビ、顎関節症、自律神経失調症などの緒症状をはじめ、不妊(男性を含む)・小児鍼(子供(こども)のはり)・美容(にきび、わきが、多汗症など)・スポーツ選手の体調管理(コンディショニング)など幅広いニーズにお応えいたします。
ご相談やご質問もメール・電話にて受け付けておりますので、お気軽にご連絡ください。
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▼余談(進路決定まで)
【きっかけ】
高校の時、陸上部(長距離・駅伝)に入部したことがすべてのはじまりなんです。たまたま長距離を走るのが得意で、母校の陸上部(駅伝)が強かったこと、中等部の時から監督に入部を勧められたことなどがきっかけで、活躍を夢見て高校より陸上部に入ることとなりました。けれども現実はそう甘くなかったんですね。入部早々から故障(けが)に悩まされ、整形外科に通う日々が続きました。“継続は力なり”とはよくいったもので、特にこの長距離ほど日々の練習がものをいうスポーツはないでしょうね。すみやかに回復しなければ、練習ができぬままあっという間に二月三月は経ってしまうんです(場合によっては一年間棒に振るということもままあります)。足しげく整形外科に通院するものの、残念ながらいっこうに回復せず、レントゲンをとり湿布薬の処方と安静指示というその治療方法に疑問を抱き、とうとう通院するのをやめてしまいました。本当にあせりましたね。そんな時、近所の方から“鍼灸”がよいとの話を聞き、すぐに紹介された鍼灸院へ冗談抜きにわらをもすがる思いで(怖いながらも)行きました。今となっては笑い話ですが、はじめて鍼をされる時は冷や汗がでるほど怖かったんです。今でも鮮明に覚えています。実際は、痛くもかゆくもなく、足の痛む部分にも触れることもなく十五分程度であっさりと治療は終わってしまいました。拍子抜けしましたけれど、とにかく言われるまま週一回のペースで通いました。一ヶ月半も経とうかという頃には体調を含めかなりよくなっていましたね。
【実感】
本当に効果というものを実感したのは、一年生の八月でした。陸上の長距離には合宿がつきもので、長期休暇がある時期は必ず数回合宿をするんです。期間は長いもので一週間、四日目あたりの午後の練習が休みになります。なにしろ朝・昼前・夕方と三部練で、一日の走行距離は約50qですから、その頃には足は筋肉痛でまるで棒のようになってしまう。それをなんとかするべく例によって鍼灸院へ駆け込むわけなんです。けれども、治療はいつも通りで、筋肉痛がある部分には指一本もふれずにさっさと終わってしまう(不満ながらも合宿所へ戻っていくんです)。翌朝になっても筋肉痛に変化はないんですね、これが。しかし、いざ練習に入ると痛みはするものの、体がやけに軽く呼吸も楽なんですね、本当に。これにはひどく驚かされました。普通ではこのようなことは起こらないですから。
この体験によって、下世話な言葉ではありますが、鍼灸って“効く”んだなぁとつくづく感じましたね。それに、“痛み”の解消もさることながら“調子”を整えることの方がなによりも重要だということにも気づきましたね。それ以後、引退までお世話になることになってしまいました。
【決定】
ところで、当初の将来設計は高校の体育教師になることだったんです。が、どうも求人がきわめて少ないという現実を知り、進路変更をせざるをえませんでした。ならば他の道をと考えた結果、鍼灸師か美容師かという二つの候補があがりました。鍼灸師の方は、当たり前かも知れませんね。毎週世話になっていましたから、その効果のほどを体感していましたし、またスポーツ障害や肩こりなどのいわゆる“痛み”以外の症状、例えば花粉症・アトピー・喘息のようなアレルギー疾患などなどにもよいということを聞き及んでいましたから候補となったわけです。美容師の方は、あまりにも脈絡がない選択肢のように見えますけれど、髪を切る仕事にも実はあこがれがかなりあったんです(今でも大いにあり、知人のヘアカットをすることもあるんです)。
これら二つを天秤にかけた結果、鍼灸師の方がより長く続けられますし、自分や家族を含め多くの人の健康に役立てるということがなによりの魅力でしたから、鍼灸師という道を選択することにしたわけなんですね。
【裏話】
実は、おまけの話があるんです。よろしければ、ついでに読んでみてください。
高校三年間は、ひたすら鍼灸のお世話になっていた私ですが、その間ずっと同じ鍼灸院だけに通ったわけではないんですね。陸上の長距離選手には故障がつきもので、各選手が各々好きな治療院(接骨院なども含む)に通うんですね。そうすると、選手同士でどこどこの治療院の鍼がイイだ、マッサージがイイだ、なんて具合に情報交換をするわけなんです。そこで得た情報をもとに、皆で今日はここに行ってみよう今度はあそこにしようと、なかば物見遊山的な感覚で治療院巡りをするんです。そうこうしているうちに、各治療院の治療方針やそのスタイルの特徴が自然とわかってくるんですね、たいした知識がなくても。簡単にわければ、次の二つになるかと思います。一つは“痛み”のみに対しアプローチをするもの、一つは“痛み”よりも“体調(よく言う体のバランス)”を整えていこうとするものです。スポーツ選手にとっては、“痛み”はもちろんのこと、“コンディショニング”というものも重要な事項なんですね。ですから、おのずと“体調”の管理もできるような治療院に通うようになっていきました。はじめてお世話になった鍼灸院がそういう所でしたので、運が良かったんですね。この時の見解は今でも変わりありませんし、その後の進路や治療方針、そのスタイルまでをも決定づけるような経験ができたんです。
長くなりましたけれど、こんな具合にして若いなりに将来設計をしたんです。今ではなかなかよい選択だったなぁと我ながら感心しております。